2010年06月17日

芸者大学に入る前

私の人生語ります〜芸者大学入学前

14歳

養父が、突然、脳溢血で倒れたのは、私が中学2年生の4月29日のことでした。学校が休みなので、側についていられました。三日間昏睡状態のまま、5月1日午前10時ごろ、息を引き取りました。

親戚中が集まりました。私が生れた野田の両親も来ました。後見人が居ないと養女の私は相続できないということで、野田の両親が後見人人り、私は、少しの間、野田の両親の家に引き取られたのです。

そのとき、生みの母の口から聞いたのは、父が「ごく潰しが来る」と言っていた。父が私を麦畑に捨てて困ったということでした。私の洗濯物は隅によせて嫌がりましたので、自分で洗いましたが、父に、私のことを悪い子と母が言いつけるので、とても小さくなって暮らしていたのです。

中学2年の私は、町のうどん屋さんにアルバイトに出ました。1日100円のアルバイト代は母に渡し、私のための石鹸、ちり紙、歯ブラシ代金に当てさせてもらっていました。

そんなときに中学校の校長先生が、見るに見かねたのでしょう、お話があって、住み込みで通わせていただくことになりました。

先生の自宅は、戸辺書店という大きな本屋さんでした。私は、そこで、取次ぎから送られてくる本の仕分けや、返品の手配など、書籍の流通についてはあらかた覚えました。また、本を配達にいくこともありました。

あるとき、その途中で、歩いてくる父に出会ったのですが、父は私を避けてすぐにわき道に曲がってしまい、寂しい気持ちがしたことを覚えています。

でも、私は、お蔭で、好きな本をたくさん読むことができました。感謝しています。

(これから先は、高校へは進学させてもらえず、芸者置屋へ女中奉公に出されて、芸者大学に進む話になりますが、今日はこれまでにします。また、明日)

今日の游芸節

☆お夏清十郎
二上がり

向こう通るは 清十郎じゃないか
笠がよう似た菅笠が

(台詞)
なに菅笠が ええどれどれどこへ

清十郎殺さば お夏も殺せ
生きて 思いをさしょよりも

裾しどけなく 濡れそぼち
忘れかねたる 面影を
追うてさまよう 夏の蝶       (お夏狂乱より)

*この曲は、常磐津のお夏狂乱をモチーフに作りました。田舎道を行く狂女お夏に、子どもや馬子がからんだ舞踊曲です。

このブログでは、実際の演奏を聴いていただけないのが残念です。

お聴きになりたい方は、ぜひ、下記にお問い合わせください。

游芸節普及友の会事務局
東京都港区西新橋2−13−14の401
03−3591−0131
FAX03−5935−8701









posted by あぶさん at 13:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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